
このたびの東北地方太平洋沖地震によりお亡くなりになられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々とそのご家族及び関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
だいぶご無沙汰しておりました。地震をきっかけに更新してみました。
最初に保険かけるわけじゃないけど、伝えるって難しい。面と向かって話せばニュアンスも伝わるけど、自分くらいのレベルの稚拙な文章だと誤解も生まれかねない。
これを投稿することによって様々な問題が解決するとも思っていませんし、討論をする気もありません(言葉に責任は持ちますが)。あくまでも個人的な意見かつモヤモヤしている物を文章にしてみたかっただけなので、不快に思われた方はそれ以降読まずに何事もなかったかのように生活をお送りください。
では、つらつら。
地震で様々なものが失われ、壊されてしまったけれど、日本・日本人について色々な事を見直すいい機会になったと考えています。
まず、情報を受け取る側、発信する側の意識の問題。
例えば、原発の爆発で放射能が漏れる漏れない。今後大きな爆発が起きる、起きない。計画停電が来る来ない とか色々ある。テレビでは原子力とか防災の知識を持った人々が呼ばれ、解説をしているが、全員が全員客観的な立場でものを言っているわけではないと思う。原発擁護派・原発反対派とか様々な人がいる。彼らの意見が(意識的・無意識的に)介在していることを忘れてはならない。もちろん中立的な人もいるだろうけど。そして、ただの政治評論家が震災情報の番組に出てきて能書きをたれるのはちゃんちゃらおかしい話。それを呼ぶ側も呼ぶ側、出る側も出る側。2週間たった今、話は別だけど震災直後は彼らが政権を批判している姿が謎でした。
話は変わるけど、震災直後の津波注意報とかのシステムにも問題あると思うんです。
僕は、八王子の大学のそばの友人宅にお邪魔して、テレビの地震速報にかじりついてたんだけど、津波に襲われた地区も最初は0.5mくらいの津波が来るって出てた。それは第1波なんだろうけど、現実には車も船も簡単に流されるくらいの津波が押し寄せた。「地震対策本部」を役場に設置し、会議を始めようとしていた町役場の人々が流されてしまったくらいだ。もう少し警戒を促す伝え方に変更してもいいんじゃないだろうか。もし自分が震源のそばでも、津波は0.5mだって言われたら普通はそんなに逃げないんじゃない?
Twitter上で「宮城県沖に数百の遺体が」っていうツイートを見た時はショックだったけど、3/26日現在1万人を超える死者、1万7千人以上の行方不明者が出ている。多くの人々が津波に流されてしまったのだ。津波をよく知っている三陸の人々でさえ経験したことのない津波だったのかもしれない。
んで放射能の問題。これも色々意見があるだろうけど、「正しく怖がる」これにつきると思う。正しい情報を得て、警戒すべきところは警戒すればいいと思う。その点からも、政府や専門家には、隠さずにしっかりと伝えてほしいと思う。
あとは、買い占め問題。家族の食事を用意しているお母さんたちが普段より少し多めの買い物をするという行動は理解できなくもない。普段から仕事で車を使ってる人や、ガソリンが無いと生活に大きな支障が出る人が買い求めるのはわかるが、普段は車にも乗らない人が給油をし、外食ばかりで料理もしないという人々が食糧を買い占めに走るのはいかがなものだろうかとも思う。結局自分が良ければいいってことになってしまう。京都でも飲料水の買い占めが起きているらしいが、すっごい日本人ぽい。しかし、その行動を批判する人も多いが、それをあえて公言する必要はないと思う。買い占め防止を呼び掛けたい気持ちもそれはそれで理解できるのですが。個人でできることは、今ちょっと多めに食べるのを我慢して、本当に困っている人に行き渡ることを祈るしかない。
そして、今ではTwitterやFacebookなどのSNSの普及で、人々は情報を発信する側にも立っている。その発達のスピードと比較して、メディアリテラシーの訓練が行われる機会が極端に少ない。例えば、かつてホテルのアルバイト大学生が、お客様であるはずの有名人(稲本潤一、田中美保)の宿泊状況を暴露したことや、某大学生が人権を侵害するようなビデオを実名で平然と動画投稿サイトに投稿してしまったとか。そこまで大袈裟なことではなくても、自分の内定先・勤務先の情報を公開しつつも、問題発言をする人、デマを右から左に流す人・信じる人(僕自身も色々あてはまると感じています)などなど。表現するのは自由だけど、その一言で片づけるのは少し違うと思う。
これは、一連の地震被害に関する「おちゃらけた言動が不謹慎か否か」という話にも関係すると思う。「いつまでも悲しんでてもいけない」という意見も「慎むべきだ」という意見も非常にわかる。ただ、その影響はタイミングや人によって様々だし、こうすべきと強要するものではないと思う。未だ家族と連絡が取れずに不安な日々を送る人の中にだって、被害を忘れて楽しいことをしたいという人もいれば、長期的に喪に服すべきだと考える人も当然いる。ただ、ちょっと考えてほしいのは、人のこと。地震直後に楽しさを求めるのはやはり不謹慎だろうし、自分が楽しみたいのなら自分だけで楽しいことすればいい。少しでも不謹慎という意識があるなら少しだけつぶやくのを我慢するとか、仲の良い人だけにメールで飲みに誘うとか冗談を言うとか、必要以上に不安になっていると思った相手には、ちょっと外に出てみない?って誘うとか。自分が良ければいいって考える前に。少しの配慮はできるはず。Twitter上では、フォロワーとの実際の距離感もまちまちだと思うし、震災直後にわざわざそこで楽しさを求めるのは変な話。「見たくないならフォロー外してください」というのもちょっと違う気がする。うーん・・・なんつうか、難しい。
もちろん皆が同じ考えを持つべきとは思ってないし、同じ考えを持つ人たちだけで集まるのがいいとは思ってはいません。何というか・・・バランスというか。いい塩梅ってのはちょっと考えればわかるはず。読む人がいるってことを考えてみてほしい。
それに関連してAC(公共広告機構ってほとんどの子音がKだね。打ちづらい)の話に移りますと、乳がん・子宮頸がんの定期的な健診を呼び掛けている仁科親子に苦情が殺到していたそうだけど、意味がわからない。確かに、AC関連のCMはちょっと見すぎて飽きたけど、俺は男だけど、被災地の状況とかの方が知りたいけど、あれって企業側が被災者等に配慮して自粛した枠に自動的にあてはめられてるだけらしいんだよね。
だから仁科親子に文句言ってもしょうがないし、ただの出演者だし、出演者本人に苦情を言うという発想に驚き。
驚きの発想と言えば、プロ野球のセ・リーグ開幕問題。
結局パ・リーグと4月に同時開催ってことに落ち着いたみたいだけど・・・。
「我々の仕事は、野球で勇気を与えること」(某球団代表)
って、計画停電つってんのに、一般家庭の5000~6000戸分とかの電気量を消費するナイターを敢行したら誰も見れなくなるっつう話でしょ。新井選手会長、よく頑張ってくれました。
計画停電関連で言うと、計画停電初日は茨城や千葉の被災地でも停電したそうです。
原因は東京電力さんの凡ミス。「計画停電対象地を選定する際には被災地かどうか考慮しなかった」とのこと。凡ミスというか、原発の対応で余裕無かったのかもしれない。これにガチギレした茨城県知事と千葉県知事は猛抗議。千葉の状況は知らないけど、茨城県はしばらくの間、県内全域が対象から外れました。とは言っても、我が家では瓦が数枚落ち、僕の部屋の「唯一の」ちょっとえっちなDVDが親に見つかったくらいの被害です。停電で困ってる人には申し訳ありません。でも節電はしています。笑
不安と闘い繋がりを求める人、日常のように振る舞う人、情報に振り回される人、それを非難する人。色々意見はあるだろうけど、ここで大切になるのは、収集した情報を正確に分別する能力、柔軟に対応する能力、そしてバランスだと思う。結局抽象的なですが。
自分のことを棚にあげ、偉そうに書いては見たものの、
いつものように何が言いたいのかわからぬ始末。
セックスをしたことが無い人間に、ラブホテルの設計ができないのと同じで、
ここで僕が何を言おうと、被災した人々の気持ちはわからない(違うか)。
ただ、考えること、想像すること、現実を知ろうとすることはできる。
今は自分にできることをし、色々な問題に立ち向かうだけだ。
復興を担う世代として、直接の関係は無くても貢献していきたい。
Hold your head up !!
世界も応援してくれている。
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